6年生の卒業証書授与式の体育館での練習が始まりました。
6年間の小学校生活の思い出を胸にひめて旅立って行く子ども達を見ると頼もしく感じます。
これまでも春休みに中学校の教材や制服を学校に取りに来た卒業生達に会うと
ちょっぴり大人びた感じが体からにじみ出ていて、
卒業を境にしてまた一歩、大人に前進しているなあと感じました。
「卒業」という言葉は普通、学校での何年間かのカリキュラムを終えて
その学校を去っていく時に使いますが、
それだけでなく、(とりわけ、子ども達の場合は)ある事柄を十分にやり終えて、
または、これまでしていた事柄をある時期を迎えて全くしなくなってしまうこと(時)にも
よく使っているようです。
もちろん、同じ事柄でもひとりひとり卒業の時期も違ってきます。
ある子はとても早く卒業しているのに、ある子はそういう事柄を全く経験していない
(つまり、卒業していない)という事もあるでしょう。
「ニュージーランドでは5歳の誕生日が小学校の入学する日になる」という記事を
読んだことがあります。(つまり、4月や9月の一斉の入学式がないと言う事です。)
そのように、個人差を考慮するならば、
学校の卒業もひとりひとりばらばらになっても仕方ないようにも思うのですが、
こればかりは、やはり友だちといっしょでないと何か雰囲気が出ないように思います。
これが学校の卒業(式)と色々な事柄の卒業の違いかもしれません。
大きな違いは『仲間!』でしょうか。
楽しいこと、つらいことを共に味わってきた仲間といっしょに旅立つセレモニーですね。
さあ、あと1週間で卒業式、そして2週間ほどで修了式です。
一年間が終わろうとしています。
今の学年は、おしまい(卒業)ですが、
ひとりひとりこれからも色々な事柄を経験して卒業していってほしいです。

